ジョイセフ事務局長 鈴木良一によるコラム
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家族計画100周年:「私たちの闘いはこれからです」
日本の家族計画のパイオニアの加藤シヅエさん(1897-2001年)が、カイロ会議(1994年)から4年後のジョイセフの30周年の時(1998年)に、カイロ会議でリプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)が行動計画の骨子となったことを喜ぶと同時に、改めて「私たちの闘いはこれからです」と訴えていました。

加藤さんと世界の家族計画のパイオニアのマーガレット・サンガーさん(1883-1966年)が初めて歴史的な出会いをしたのが1920年ですから、それから80年近くもたっていたにもかかわらず、自分たちの闘いが終わっていないとはっきりと言われ、次の世代に運動の継続を強調されたのです。

実は、私は、直接そのインタビューをして、加藤さんのメッセージを30周年の記念誌にまとめさせていただいた関係で、その時の加藤さんの真剣なまなざしを今も忘れることができません。

サンガーさんが、ニューヨークのスラム街で家族計画(当時はバース・コントロール)運動を始めたのが、1912年といわれています。よって今年2012年が100周年となります。今年はまことに記念すべき年に当たります。その教えを受けた加藤さんが家族計画運動を日本で開始したのが、サンガーさんの来日に合わせた1922年ですから、これも90周年となります。そして両人を含め、8人が創立メンバーとしてIPPFをインドのボンベイ(現在のムンバイ)で創立したのが1952年ですから、こちらは60周年となります。

それだけの永きにわたり、それぞれの活動が広がり続けているにもかかわらず、「私たちの闘いはこれからなのです」とはっきりと言われました。

ジョイセフは常にパイオニアのミッションを受けつぐ者として、これからも女性の自己決定権が享受できる社会、RHへの普遍的なアクセスが実現できる社会を目指して、そのミッションを果たしていかなければならないと思っています。それがサンガーさんや加藤さんのようなパイオニアの方々の遺志を継ぐ者としての責務だと思います。

「私たちの闘いはこれからなのです」

(2012年1月、カンボジアにて)
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by joicfp_rio | 2012-01-23 16:16 | ニュース
プライマリーヘルスケアは保健システムの「毛細血管」

再びカンボジアから:


私は、年末年始を含めてカンボジアに来ています。目的はJICAによる「カンボジア国リファラル病院における医療機材管理強化プロジェクト」での保健省への保健行政・マネジメント分野の技術協力です。今回は関連の政策文書や長期戦略作りをカウンターパートとともに行うことが私の業務となっています。

今回は地域における保健活動に目を向けてみたいと思います。

プライマリーヘルスケア(PHC)を考える:


みなさんもご存じの通り、1978年に世界保健機関(WHO)やユニセフが主導して「アルマ・アタ宣言」が発表され、「Health for All by 2000」 (2000年までに全ての人々に健康を)という理念のもとに、プライマリーヘルスケア(PHC)プログラムが開始されました。

地域(コミュニティ)に、小さくともよいので保健施設(保健所や診療所)をつくり、基本的に保健サービスのできる人材(助産師等)を配置する。そしてコミュニティの保健ボランティアを育成し、住民の保健意識を高めるとともに、第一次医療保健サービスを提供する。住民の間に「自分の健康は自分で守る」という考え方を浸透させるなどが構築され、始動したのです。80年代はまさにPHCが最盛期でした。

日本はPHCの先進国:


日本のボランティア(いわゆる多分野の推進員)を活用した地域保健活動は、このPHCの発表以前から確立された保健事業として、世界から注目を浴びていました。ジョイセフも多くの開発途上国から来日した研修員に対して住民参加型保健活動の好事例を紹介していました。また寄生虫予防や栄養改善等と家族計画や母子保健を結びつけた統合(インテグレーション)プロジェクトを国連機関などとも連携し、アジア、中南米、アフリカで実施しました。

日本の事例は、高い医療サービスともリンクされた、PHCと第2次や第3次医療へのアクセスが構築され一体となり、まさに住民の命を救う「セイフティーネット」となっていたのです。このしっかりとした「保健ネットワーク」は、これから保健システムを構築する多くの国の人々にとって、学ぶべきところは多かったと思います。日本は、以前から、PHCの先進国であったのです。

PHCの復活:


2000年代に入って、現場を訪ねるたびに開発途上国の現場では、PHCが縮小してきているのではないかと思われました。それは2000年を前に行われた専門家による評価で「PHCは妊産婦死亡率や乳児死亡率を下げることに影響を与えていない」という見解が発表されたことに一因があったと思われます。病院を含む医療施設などが充実しない限り命は救えないというのは自明の理ですが、この見解はPHCを否定するものだと受け取られてしまったのではないでしょうか。PHCを「保健システム」の重要な一部であるとしてみることなく、単なる「プロジェクト」としてみた評価を下してしまったのではないでしょうか。

予防医学的な見地から言えば、住民への保健プロモーションは、プロジェクト以上長い時間を要する意識・行動変容にまで至る長期的なプログラムです。地道な活動を地方行政やNGOが支えていたPHCがこのような評価を受けて、資金カットによって中途で挫折してしまいました。資金が途絶え、活動が継続できないという悲しい状況が世界中で見られました。住民は再び、保健サービスから遠くへ追いやられてしまったのです。

しかし、しばらくしてうれしいニュースが入ってきました。2008年10月になって、再度アルマータにおいてWHO(世界保健機関)は、プリマリーヘルスケア(PHC)アプローチの復活を宣言した世界保健報告書(WHR)を発表したのです。WHOは、疾病予防を強化することにより治療に必要とされているコストの最大70%は節約可能と推計しました。紆余曲折はありましたが、PHCの復活は、予防医学活動の強化につながると期待されています。

PHCは保健システムの「毛細血管」:


私は持論として、PHCは保健システムの「毛細血管」であると信じています。心臓や大きな臓器や太い血管が注目されるのは、それはそれで重要ですが、人間の身体全体を縦横に支えている「毛細血管」も決して忘れてはなりません。

世界が今改めて、PHCの復活を唱え始めています。しかし、一旦崩壊したシステムを再構築するのにはそれなりの時間がかかるのは言うまでもありません。PHCの再構築は再び保健システムの「毛細血管」の役割を見直す重要な「鍵」となるのではないでしょうか。そこで、改めて、より効果的な行政の保健サービス(保健所など)と地域のNGOとの連携協力が見直され、注目されています。

日本は、歴史を見るとPHCを継続することにより保健システムを末端まで支えてきた国であると私は思っています。PHCはまさに「縁の下の力持ち」なのです。そんな日本から、再度PHCの強化を発信していきたいと思っています。

約8割の妊産婦死亡や乳児死亡は医療のシステムの届いていない農村地域で起こっています。妊産婦や乳幼児の命を守る保健システムの強化は、住民に一番近い草の根から行われなければならないと信じています。そしてそれが病院につなぐネットワークとしっかり結ばれ、「命を守る」保健システムになるのではないでしょうか。


(2012年1月カンボジアにて)
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by joicfp_rio | 2012-01-16 17:02
男が変われば、妊産婦の命が救える!?
私の開発途上国での経験も踏まえて、今回は「男が変われば、妊産婦が救える!?」を考えてみたいと思います。

妊産婦が命を落とす「3つの遅れ」:
途上国で妊産婦の命を救うには「3つの遅れ」を防ぐことが重要であると言われて久しいと思います。それらは、以下のとおりです。

1.決断の遅れ


健康に関する情報や知識を得られない、または女性の社会的地位が低く決定権がないために、体調が悪くなっても、家族の誰も病院や診療所に行くかどうかの決断ができないまま、手遅れとなってしまうことがあります。

2.搬送・アクセスの遅れ


病院や診療所までの距離が遠く、徒歩ではたどり着けない、代わりの交通手段もないという地域がたくさんあります。仮に交通機関があっても、料金を払えないこともあります。

3.治療の遅れ


病院や診療所に着いても、適切な治療が受けられないことがあります。手術や輸血が必要でも、必要な機材や医薬品が不足していたり、専門の医師がその場にいないこともあります。


1と2に関して、男性の関与が大きいことは、容易にお分かりになると思います。多くの途上国では男性優位社会であり、決定や決断は男性が行うことが多いのです。

妊産婦が異常を訴えた時に、夫に相談する。すると夫が「大丈夫だ、問題ない」と言う。また、実際に出血があるにもかかわらず、「大丈夫だ、問題ない」という。いざ、緊急となり移動が必要な時に、「そんな金はない」と言う。開発途上国の村々では、このようなことが日常的に起こっています。いかなる決定権も持たない、持たされていない、女性だけでは、この「3つの遅れ」を変えることができないのです。

ジョイセフでは、このような状況に合わせて、「男性の参加」や「男性の巻き込み」をテーマにした活動を、地域での母子保健プロジェクトに取り入れています。男性のための実践的な意識・行動変容や動機づけ(モティベーション)活動が必要になります。かく言う私も、男性の意識・行動変容のための指導を男性の立場から長年実施してきました。実際、「男が変わると妊産婦の命が救われる!」ことを実感してきています。私たちのプロジェクトには、男性のボランティアもたくさん働いています。彼らの重要な仕事は、同性である男性の意識や行動を変えることなのです。

(2012年1月、カンボジアにて)
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by joicfp_rio | 2012-01-11 10:14
新年のご挨拶
皆さまには新たなお気持ちで新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
本年が皆さまにとりまして幸多き年でありますように心よりお祈りいたします。

震災から早10カ月


昨年3月11日の東日本大震災から早10カ月が経過しましたが、被災地では日々復旧復興に取り組んでおられることとお察しします。被災された皆さまにとりまして2012年が前進の年となりますように、私どもジョイセフとしてもでき得る限りの支援協力をさせていただく所存です。

ジョイセフは震災直後から被災地支援活動に努力を傾けてまいりました。ジョイセフ役職員一丸となっての募金活動や支援協力企業への妊産婦、女性、赤ちゃんへの支援物資提供のお願い、そして震災直後の3月・4月には、緊急支援物資を直接妊産婦と女性にお届してきました。また国内ネットワークを持つ(社)日本助産師会、(社)日本家族計画協会と連携協力し、被災地支援事業を実施しました。震災直後から今日まで現地の助産師さんによる妊産婦さんへの産前産後ケアや震災後の心のケアのための個別訪問、家族計画のカウンセリング活動は、被災された妊産婦さんに直接届く重要な支援となりました。

7月から開始した産婦さんへの義援金(ケショ)の申請受付けは、昨年の12月で2400人を超えて終了いたしました。被災した市町村保健施設への医療保健機材の支援も母子健診サービスの早い再開のきっかけになったと報告されています。11月からは被災地域での産婦さんへの「くつろぎの場所や時間」の提供活動も行っています。

私たちでできるところは誠に限られていますが、この度は全国の皆さまの支えがあったからこそ被災地支援が可能となったことに感謝申し上げます。

また日頃、国際協力の一環で支援していた途上国から、逆に支援金が寄せられたことには私たちも心にしみるものがありました。今回ほど地球に住むわれわれがお互いに助け合って生きているのだということを実感できたことはありませんでした。まさに地球市民として「お互いさま」であるということを学ばせていただいた被災地支援でした。

途上国の妊産婦と女性を守るジョイセフとして


ジョイセフは、2012年も引き続き「途上国の妊産婦と女性を守る」ミッション(使命)を果たすべく努力する所存です。2012年は女性の健康や権利を守る家族計画運動が、米国のマーガレット・サンガーさんによって始められてから100周年、日本のパイオニアである加藤シヅエさんが家族計画運動を開始してから90周年です。また私たちの国際的なリプロダクティブ・ヘルス推進運動のパートナーである国際家族計画連盟(IPPF)の発足から60周年という記念すべき年となります。今一度パイオニアの原点を振り返り、その「パワー」をいただき、2012年を世界の妊産婦や女性が明るい未来を迎えることのできる社会にすることを目指す意義深い年にしたいと思います。


今年もジョイセフフレンズの皆さまをはじめ、支援者の皆さまの変わらぬご支援ご協力を心よりお願申し上げます。 
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by joicfp_rio | 2012-01-01 00:10


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